【映画感想】スクリーム4:ネクスト・ジェネレーション
前作から11年振りの2011年公開のアメリカ映画。いつもレンタルビデオ屋で映画を借りていたのだが、なぜかゲオのどの店舗にも『スクリーム4』が置いてなかった。少し調べた結果、この作品はツタヤが独占でレンタルをやっていたらしい。ツタヤが近所になかった為、今更ながら初めてAmazonプライムビデオでレンタルした。なんでも初めて使ってみて分かるもので、その利便性、無料映画の豊富さ、レンタルビデオ屋にないものなど沢山あり、これはAmazonプライムに一度は入らないといけないとやっと気がついた。
前作までと構成やストーリー展開があまりにも同じで、流石にマンネリ感があった。マスク姿の犯人が誰なのか、動機は何なのか、最後まで分からない。金田一少年ばりの「犯人はこの中にいる」の展開でいかにも怪しい登場人物を作って揺さぶったり、その人物が逆に襲われたり死んだりして消去法で推測したり、映画の中でリメイク作のツッコミ所を敢えて発言したり、最後の方に犯人が自分でマスクを取ってネタバラシなど、今までのシリーズと展開があまりにも同じ過ぎた。初めてこのシリーズを観る人は新鮮さがあるかもしれないが、自分は今立て続けに観ている事もあってか、まるで殆ど同じ映画を観ているような感じがした。
犯人の動機が時流を反映していたのだか、公開当時2011年は日本ではそこまで個人がネットライブ配信をやったりする事がまだブームになっていなかったような気がする。流行やムーブメントが起こるのはアメリカの方が2〜3年早く、スクリーム2(1997年)でも日本ではまだ定着していなかったインターネットが物語に出てくる。最新のアメリカ映画を観ることによって、今後日本にも定着してくるであろう新しい流行を知るのに役立つかもしれない。
【映画感想】ブラック・スワン
ナタリーポートマンのバレエはもはやプロ級ではないだろうか。相当気合いを入れて練習して撮影に挑んだと思われる。バレエの主役を掴み取る為に必死に練習し、先輩やライバルからは嫉妬され、コーチからは黒鳥の役に成り切る為にはもっと妖艶さが必要との事で無理やり迫られたり、ドロドロした人間関係が描かれていた。ナタリーポートマンに主役の座を奪われたウィノナライダーが精神がおかしくなって自分の顔をナイフで突き刺さす場面は怖すぎた。
ナタリーポートマンと言えば真っ先に『レオン』のマチルダが思い浮かぶ。その頃から既に独特な色っぽさがあって、そんなマチルダが大人になったらどんな色気を見せてくれるのだろうかと、そんな部分にもこの映画は応えてくれていた。コーチから黒鳥を演じるためにはもっと悪い女、挑発的な女になれと言われて自慰をやったり、ライバルの女性から悪い遊びに誘われて薬を入れられてレズシーンに突入したり、中々気合いが入っていた。
ライバルとのレズシーンは薬の妄想だったり、本番で黒鳥を演じる寸前にライバルと口論して殺してしまった事も何故か妄想だったりするのだが、恐らく、編集次第で色々なパターンが作れそうで、妄想ではないストーリーでも行けそうである。ナタリーポートマンが相当気合いを入れてバレエを練習した事もあってか、全体的にバレエで踊っているシーンがやや長く感じた。ファイトシーンがラスト10分程度の『ロッキー』みたいにコンパクトでも十分インパクトを残せる。バレエシーンを少し抑えて、人間関係やエロシーンさらに深掘りしても良かったかもしれない。
【映画感想】スクリーム3
映画の中で視聴者側が予測するパターンを登場人物にわざと喋らせる展開は前作までと同じ。3部作は今までの前提が覆させる、主役が死ぬなど。シドニーの母親が実は生きていたという前提がポイント。映画の中で「スクリーム」が映画化されていて、誰が犯人なのかは最後まで全く予想がつかず、わざとらしく犯人と思わせる展開が視聴者側の裏の裏をかくような流れが面白い。
で、シリーズを観ていて思ったのは、ラスト近くで犯人が勝手に自分から仮面を取って、あっさり答えを暴くのが非常にもったいないと感じた。その瞬間に一気にテンションが下がり切ってしまうというか、『金田一少年の事件簿』のように、主人公側が少しずつ謎を解くような要素がなくて、向こうから突然種明かしをしてしまう。一層のこと、犯人を最後まで誰なのかをはっきり明かさなかったり、最後の最後まで仮面を取らなくて爆死して誰が犯人かを視聴者側に推測させたりしたら、果てしなく面白くなったのでは。わざわざ犯人が仮面を取らなくてもいいのにと、毎回思ってしまった。
【映画感想】スクリーム2
映画の中で前作がパロディー化されて映画化されていて、向こうの映画館の観客はあんなにも騒ぎ立てて見るものなのかと思った。映画の上映中に前作と同じ仮面を被った謎の人物に2人殺害される。主人公シドニーの恋人役に『スタンドバイミー』の太った少年役バーンのジェリーオコネルがすっかりイケメンになった青年で出演している。
前作と同じように、視聴者側が映画を観ながら感じ取る事を登場人物が喋っていく。『スクリーム2』自体を客観的に俯瞰していて、続編はヒットしない、二番煎じ、先が読めるなど物語の人物が突っ込んでいくので、どんな予想だに出来ない展開があるのか期待させる。前作を踏まえるなら真っ先に疑われるのは恋人なのだが、わざとらしく怪しい場面が出てくるので逆に先が読めない。仮面を被った犯人が誰なのか、動機は何なのか、さっぱり分からないまま進む。犯人が暴走させた車から脱出する時に、気絶した犯人からシドニーが仮面を取ろうとして取らずに、やっぱり気になって車に戻るシーンは最高の緊張感があった。仮面の犯人が最後の方まで全く分からないままにも面白く進むのに、ラストにあっけなく向こうから出てくるのは前作同様、ちょっと勿体ない気がした。犯人は最後まであやふやのままでもいいのではと今回も思った。犯人が自ら自供しなければ全く真相は予想できなかっただろうし、その辺りが突然さっぱり打ち明けられすぎた印象はあった。
映画の中の人物がインターネットで情報交換をしていたなど、1997年当時のアメリカでは既にネットがそれなりに普及していたんだとも思った。次は『スクリーム3』、順番に観ていく。
【映画感想】スクリーム
1996年のアメリカ映画。レンタルビデオ屋にもずっと置いてあってシリーズ化にもなっており、前からずっと気になっていたので借りてきた。仮面を被った謎の人物がただ連続殺人を繰り返す内容なのだが、これがとても面白かった。犯人は誰なのか、動機は何なのか全く分からないままに終盤まで進むのだが、ただそれだけなのに異常に引き込まれた。視聴者側が予想するあらゆる展開を映画の中の登場人物が「これはありがちだろう」と否定しながら進むのが面白い。いかにも怪しそうな人物を作ったり、殺された人物が消去法で容疑者から除外されたり、視聴者側にわざとらしく説明するようなシーンを映画の中の人物がわざわざ指摘していくため、「どんな斬新な結末があるのだろうか」と推進力が掻き立てられた。仮面を被った犯人をモノマネして騒ぎ立てたり、校長先生が殺されて面白がって事件現場に車を走らせる光景など、笑えるシーンもあった。
ラストであっさりと犯人が出てきてしまうのが勿体ないというか、最後の最後まで犯人が誰なのか、動機は何なのかを伏せたままにして終わったら尚更良かったかもしれない。主人公の母親殺しの真犯人も打ち明けられて、綺麗さっぱりと完結した感じで終わるのだが、「スクリーム」はシリーズ化されている。どんな風に続いているのか気になる。次は「スクリーム2」、順番に完全制覇していく。
【映画感想】ザ・レイプ
1982年の日本映画。題名からまたまた邪な気持ちで借りてきたが思いがけない傑作だった。まず一番印象に残ったのは主演の女性を演じる田中裕子で、今から40年以上前の映画でそこら中に昭和感が漂う中、彼女の色っぽさ、妖艶さには全く古めかしさがなく、若さ全開であった。特にヘアスタイルがサラサラのロングヘアの今風で、電車の中で昭和に流行ったパーマヘアの女子ばかりが映るなか、美しさが際立っていた。
田中裕子演じるOLが男に突然強姦されて悩んだ末に裁判を起こす。加害者の男の弁護士が有能で、女性にもその気があったのではと無理矢理こじ付けていく。さらに女性の過去まで詮索して、別の男性とすぐに浮気をしていたなど、元々そういう癖のある女性だと主張される。そんな中、付き合っていた彼氏からも疑いをかけられて、昔の男性まで再び現れて気持ちが揺さぶられる。一番面白かったのは、女性自身は全く悪くない被害者だったのに、周りから色々指摘されたり疑われたりしているうちに、「自分にも非があったのでは、その気だったのでは、そういう女なのでは」となっていく所。裁判自体は最後まで争うものの、最初の頃のわだかまりや怒りはなくなっていて、公判が終わったら敵の弁護士にも「今回は勉強になりました」とか、加害者男性の父親の謝罪もあっさり聞き入れたり、心情が変わってしまう。完全に丸め込まれたのに最後は気持ちが晴れやかになっていく複雑な心理描写がとても面白かった。
題名が少し損をしていて、「ザ・レイプ」という薄っぺらいのが良くないのではと感じた。例えば「氷の微笑」のように、もっと抽象的にカッコいい響きのようなものが良かったのではとも思った。
【映画感想】TOKYOタクシー
この映画を観に行った理由の一つは僕が元タクシードライバーだからだ。どんな風に描かれているのか気になった。キムタクは夜日勤の個人タクシーで毎日クタクタになりながら働いている。夜日勤は一番稼げるが最もハードで、娘の学費の為に頑張っている。初めて知り合った85歳のおばあちゃんのすみれを老人ホームまで送るのだが、すぐに昔話が始まって寄り道する。余程気に入られたのか、寂しかったのか、半日を共にする。運転手と客という関係性で、しかも僅か半日という短い期間で2人の人生に劇的な何かが起きる事を期待していたのだが、物語はすみれの昔話をキムタクが聞き役になるだけで、思いのほかストーリー性が薄かった。今、何かが起きる物語ではなかった。確かにすみれが心を開いて話をするものの、キムタク運転手が今、何かをしてあげた部分が殆どなく、ラストの遺言状の内容を託すほどの関係性に至るのには相当な違和感があった。
実際、僕が「一期一会」というものをタクシー業務から感じた事は何度もあった。道をお客さんから逆に親切に教えてもらったり、行きだけのはずが帰りまで乗ってくれたり、息子がタクシーをやりたがっているから仕事内容は具体的にどうなのか教えて欲しいと親が客として乗ってきたり、降りる際に「これからも頑張って下さいね」と優しい言葉を掛けて下さったり。そんな乗客を乗せて別れる際に「ああ、この人とはこれっきり会う事はないのかな。」と奇妙な寂しさに陥った事があった。まさに「一期一会」の連続だった。
この映画の場合、キムタクとすみれは「一期一会」という関係性は通り越えて再び自分のタクシーを利用してくれるお客になる事は予想された。しかし、せいぜいその程度の関係性というか、いくら半日寄り道して昔話を聞いてくれたとしても、ラストのキムタクに対するすみれの言動は流石に、オーバーリアクションではないだろうか。2人の関係性はそこまでにはなってない。
それから、ひょっとしてこの映画に影響されて「温かい人と人との繋がり」をタクシー業務に求めて仕事を始めようと考えたりするのは絶対にやめておくべきだ。そういう部分も少しはあるものの、実際はそれだけじゃなく、色々と、大変すぎた。